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2006/04/13

シンガポール人が探した「秘伝書」あった

日刊スポーツの記事より

060413_yurusan 空手家の親父の遺言で、青森県内の山で修行している空手家から秘伝書を受け取るため来日して遭難したシンガポール人許(シュイ)さん一家が、とうとうそれらしき武道家と会うことができたのだそうだ。
 その武道家は北拳派中国空拳法道という武道の福田さん。いったいどういう武道なんだか詳細はわからないが、名前からしておそらくは中国武術北派少林拳系の流れを汲んでいる流派なんだと思う。でも習ったのは南派少林拳が盛んな福建省。う〜む…。
 福田さんは30年ほど前、亡くなった許さんらしきシンガポール人に“3日間ほど”教授したことがあるのだそうだ。福田さんは福建省で修行したときに師範からもらった秘伝書を持っているが、さすがにあげるわけにいかないので、許さんには空拳法道の認定書を贈ることにし、許さん一家もこれを快諾したという。
 許さん一家は極真空手の空手家を探したそうだが、実際は空手家ではなく拳法家だったわけだ。許さんの記憶が曖昧だったため、限定されたキーワードでしか探すことができず苦労した様子だが、無事に巡り会うことができて許さんも草葉の陰で喜んでいることだろう。
 福田さんは許さんにとってどういう存在なのだろうね。福田さんに習ったということだから、許さんにとってはやはり恩師なのか。しかしその恩師の名前も忘れてしまうとは、許さんにも困ったものである。許さんにとってどれほど深いつながりがあったかはわからないが、互いの名前も忘れた頃に遺族が突然来日して「秘伝書をくれ」というのも、福田さんにとってはかなり困ったことだろう。認定書を贈ることで許さん一家が快諾してくれたから良かったが、「それでは許さん。あくまで秘伝書をもらう。」と言われる恐れもあったわけだ。なにせ許さん一家は許さんの遺言を遂行しているのだから、使命感があるだろう。

 許さんは空手の師範だということだったが、本当に空手なのかもちょっと怪しい気がする。許さんは拳法と言ったのをマスコミが空手と書いたのかも知れないけどね。ブルース・リーの映画も当初空手映画と呼ばれたし。許さんの武道が実際どういうものかわからないが、福田さんから習ったものを唯一のルーツとしているのだろうか。だって他にルーツがあるなら許さんもわざわざ名前も忘れていた日本人から「秘伝書をもらえ」なんて言わないと思うし。思うに許さんは、30年前日本で福田さんに“3日間”教わり(その当時中国空拳法道が流派として確立していたかは不明だが)、「日本人がやっていたのだから空手だ」と許さんが勝手に思い込んで自国に帰って道場を開いてしまったのではないかという推測もできる。その後も何度か交流があったそうだが、許さんもなぜ名前をちゃんと家族に伝えられなかったのだろうか。まさか恩師の名前を忘れてしまったのだろうか?
 許さんはたった3日間で、秘伝書をもらえるに値する内容を教えられた(と思った)のだろうか? もし許さんが福田さんの許しを得ずに空拳法道の道場を自国で出していたとしても、そのことを知らなければ、まさか「勝手に道場を出すことは許さん」と言えるはずもなく、許さん一家が訪ねてきて30年目で初めて知ったのではないだろうか。
 許さん一家はこれで晴れて帰国することになるだろうが、帰国してどうするのだろうか。許さんの息子は道場を継ぐ気がなく、師範は秘伝書を持ち逃げ。まさか中国空拳法道の認定書をもらったからと言って、許さんの息子が勝手に二台目を継いでしまうことは亡くなった許さんが許さんであろう。今後の許さん一家の動向が気にかかる。

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