三○円事件
フジテレビで、三億円事件についての検証番組をやっていた。
人が殺されたりしたわけじゃないのに、時々こういった特集って組まれてるよね。それだけ印象的な事件なんだろう。
1968年12月10日、降りしきる雨の中、東京の府中刑務所脇を走っていた銀行の現金輸送車が偽の白バイ警官によって停められ、車に爆発物がしかけられているとして乗員達が車を離れた隙に、偽警官が現金輸送車に乗って逃走、まんまと三億円もの大金が盗まれた事件だ。
その後の捜査にも関わらず、犯人は逮捕されず、ついに時効となってしまった。
番組の中で、非行少年グループの19歳の男が実行犯ではないかと指摘されていた。父親が白バイ警官で、白バイに対しての知識もあり、最初の容疑者として捜査線上に上がっていたが、事件の5日後に服毒自殺をしている。
そしてその男を事件前に自宅に泊めていたというYなる男のことも紹介されていた。Y氏は事件後、ハワイに高級マンションを購入するなど、急に羽振りがよくなり、仲間内からも怪しまれていたそうである。
番組では、実行犯が19歳の男であり、共犯であり、主犯であるのがこのY氏ではないのかといった口調であった。
さて、このY氏という男であるが、実は母の実家のすぐ近所に住んでいたそうである。やはり事件当時はご近所でも「あの男が怪しい」という噂が立っていたのだという。
母から聞いた話によれば、事件前日に母の弟(俺の叔父だ)が事件現場付近を通りかかったところ、白バイ警官のなりをしたY氏を目撃したのだという。
もちろん警察に通報し、二人の捜査官が聞き込みにやってきたそうである。
そのせいもあってか、警察ではかなりY氏をマークしていたようだが、結局逮捕するには至らなかった。
Y氏は時効の直後にテレビ番組で、捜査を担当した平塚八兵衛と対面し、「あなたの容疑は濃かった」を言う平塚に対し、「犯人扱いされて迷惑だった」と怒りをあらわにしていたという。
母によれば、Y氏の父親も、三億円事件のずっと前だが、近所に泥棒に入ったんじゃないかと疑われていたそうである。
なんでも、何軒かの家が泥棒に入られた後、Y氏の父親は「うちでは鍋に煮ておいたアンコを盗まれた!」と言って、空になった鍋を持ってご近所中を回ったのだそうだ(「アンコなんか盗む泥棒はいないよね」と言って、母は大笑いしていた)。
それがどうも自分の犯行をごまかすための行動だと受け取られたのだろう、「豆腐屋のオヤジ(Y氏の父親は豆腐屋であった)が盗んだに違いない」と、ご近所ではもっぱらの噂だったようである。
もっとも、その泥棒騒ぎの犯人は結局捕まらなかったようなので、Y氏の父親が犯人ではないかというのはあくまでも当時のご近所での噂の粋を出ていないことに注意されたい。噂が立ったことは事実でも、その噂が真実である保証は一つもないのだから。
なんか、検索サイトでずいぶん上位に出てしまうようなので、その影響力を恐れ、タイトルだけ一部伏せ字に変更してみました。三十円事件じゃありません(笑)
母は嘘は言ってないと思いますが、うちのブログの内容を持ってして、Y氏が犯人であると決めつけられてもいけないので。
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