清志郎告別式様子
家を8時40分に出て、まず日比谷にて友達と合流。
前日、入浴後に薄着のまま電車の時刻を調べたり、喪服を用意したりしていたので、鼻風邪を引いてしまった。
〽ぼくらは薄着で笑えない〜
12時20分頃、乃木坂に着く。ホームにはさしてそれらしい服装の人はいなかったと思ったのだが、出口に近づくにつれどこからともなく集まってきた。
出口を出ると「ファン順路」のプラカードを持った係員が案内してくれた。
地図で見ると、駅を出てからさほど距離はないはずの青山葬儀所だ。敷地内にはとても入ることはできないと思っていたが、それどころの話ではなかった。どこで折り返しているのかわからない長蛇の列ができていて、その往路の最後尾に並んだ。
日差しは高いが、そよ風がわりと心地よく、並木の下にいればさほどつらくもなかった。鼻風邪以外はね。
1時を回り一般弔問が開始されると、それまでまったく動かなかった列が少しずつ動き出した。このままスムーズに流れ出すのかと思ったがそれは甘く、並木のない橋の上でずっと足止めされてしまった。
ファンの年齢層が高いこともあり、自分の見た限りは落ち着いたファンばかりで、ギターやラジカセをガンガン鳴らすような人がいることを予想し、多少期待していたので、ちょっと肩すかしを食らった感じだ。全体を通して号泣しているような人もほとんど見受けられなかったし。
ネットの書き込みを見ると、中には酒飲んで乱れてたヤツとかもいたようだけど、おおむねはまともな人達ばかりだった。
じっと立っていても退屈なのでiPod touchでRCの曲を聞いてたけど、スピーカーが弱いから最大音量にしても自分でもあんまり聞こえませんでしたな。
空には取材と思われるヘリコプター、NHKの中継車が見られた。
行列中、弔問のカードが配られ、名前とメッセージを記載した。
列は本当に少しずつ少しずつ進み、かなり先でようやく折り返した。3時半頃だった。折り返すとわりと流れはスムーズになってきたけど、今度は足の裏が痛くなってきた。
途中青山一丁目駅からの列が墓地の中から延びており、それと合流。さらに30分近くを費やして敷地内に入った。時間は4時半過ぎ。
敷地の中では復活祭やGLAD ALL OVERなどからのライブ音源を中心とした曲が絶え間なく流されていた。RHAPSODYなどの昔の音源やスタジオ録音の音源は自分のいた間は使ってなかったみたいだ。
「本日は、青山ロックンロールショーへお越し下さいまして、誠にありがとうございます」との場内アナウンス。
清志郎の「一旗うさぎ」のでっかいビニール人形が建物の前にそびえ立っていた。
受付で弔問カードを渡し、清志郎の遺影のカードが引き換えに渡された。
その後敷地内を、さながら遊園地のごとく柵のとおりにグネグネと歩き回ることとなり、ようやく場内へ。
紙吹雪が足下にばらまかれた広間に紅白の幕、そして明るい表情の遺影が飾られている。
最近は昔ほど熱心に歌を聴いてなかったせいなのか、毎年猫を看取ってきて慣れてしまったせいなのか、死ぬことは必ずしも不幸にあらずという自分の生死観のせいなのか、大音量の歌の中、人々がごった返す雰囲気のせいなのか、遺体を見たわけでもないし、なんかねぇ泣けないんだよね。まだ死んだことにピンとこないしさ。
自然に泣けなきゃ無理に泣くこともないので、係から差し出されたバラの花一輪を手向けて会場を出た。
清志郎がこの光景を見たら「おいキミたち、このクソ暑い中4時間も5時間もなにやってんだ!? あきれたヤツらだ」と、はにかみ笑いをされそうな気もするけど、気分的に一区切りついたような気がしないでもないかも知れないかも知れない。
ちなみにこれが当日の行列マップ。2キロくらいになってたみたいね。
事務所の発表によれば、4万3000人の一般弔問客が集まったそうである。
追記:フジテレビの報道によればさらにこの行列は長く延びていたようで、4.5キロにも及んでいたという。
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