今日の哲学/お乳の話
いや、こんなのを哲学と言っていいのかどうか…(^^;)
ともあれ、些細かつ誰もあまり疑問に思わないようなことに疑問を抱いてみようという企画です。
今回のお題は、
「牛乳を飲みたいと言うと良くて、母乳を飲みたいと言うと変態扱いなのはなぜか?」
牛の乳が飲めるなら、豚の乳だって猫の乳だっていいじゃありませんか。ましてや人間の乳を飲むことがおかしいわけはないのです。人間という生物の本来の在り方から言ったら。
ただ、ここが人間を人間たらしめている特殊なところで、恥とか禁忌(タブー)という文化があるわけですね。動物にそうした概念がないとは言いきれませんが、やはり人間はその度合いが強い。
大っぴらに「母乳を飲みたい」と公言することは恥でありますが、親密な夫婦間ではどうか。旦那がセックスの際に乳房を揉んだり舐めたり吸ったりということは普通でも、母乳を飲むという行為についてはどこかしら「赤ちゃんだけの行為」という思いがあるのか、一部のマニアと呼ばれる人々以外には一般化していないようです。
それはつまり「赤ちゃん行為をする大人=恥ずかしい」という理由ではないでしょうか。
もっとも、母乳って美味しくないらしいので、大人になった今、積極的に飲みたいとは思いません。牛乳の方が美味しいですよきっと(笑)。
ところで、こうしたいわゆる変態行為と呼ばれる性行為が一般的になることに関しては危惧を抱いています。たとえばソフトSMと呼ばれるような行為が一昔前から流行っているようですが、そういうのが当たり前のプレイとして定着してしまうと、まず第一に興奮しなくなってしまってつまらない。多少の背徳感、後ろめたさ等を感じながら二人だけの秘め事として行うからこそ興奮するし、楽しいし、秘密を共有する親密感も起こるのだと思うのです。
同様にネット等で無修正の局部画像等が出回ってるのも、そういうものに若いときから見慣れてしまうと少々のことでは興奮できなくなり、性行為そのものへの関心が薄れ、生殖行為まで行わなくなってしまう懸念があります。昨今のセックスレスや少子化問題というのも、案外性情報の解放にともなって、みんなが興味を失ってきたせいもあるんじゃないかと考えている次第です。
だから政府は少子化対策として、ネット上での性の氾濫を少しは取り締まった方がいいんじゃないかと思います。
次に、ソフトなプレイで興奮できなくなると、人は次々と興奮を求めてよりハードなプレイを行うようになり、興奮の最低基準が全体的に底上げされると、それだけこれまでは理性で抑止できた変態の上限を突破する人も増え、ケガや犯罪等に及ぶ可能性もあると思うからです。
極端な話、言葉攻め程度で満足できたのが、暴力行為をともなわないと満足できないとかになっちゃったら困りますでしょ。やっぱりそこそこで満足できる程度が互いの幸せですよ。
と普段、お乳一つ、性一つをとってもこんなことをいちいち考えていたりします。それも結構まじめにですよ。内容が内容だけに、なかなか周りに理解されませんけどね(苦笑)。特に下ネタがダメな女の子の前でこんな話をしたとしたら、しばらく口をきいてくれなくなります。
ちなみにこの質問をアバウトミーでしてみたところ…
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