カテゴリー「介護」の48件の記事

2026/02/04

思い出の場所、元禄寿司

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東武宇都宮百貨店前にあった、たぶん宇都宮初の回転寿司。
今は関連の元気寿司になってる。

小学生の頃母に連れられ、姉と一緒に行ったと思う。
ちょっとは並んでいたけどさほど待たずに入れたと思った。
当時はお寿司なんて近所の回らないお寿司屋さんでたま〜に食べる程度で、現在のファーストフード的な食べ物じゃなかった。
ここで初めてトロという存在を知る。初めて食べたトロはびっくりするくらい美味しくて、普通のネタが100円皿だったのにトロは200円皿だったと思うが、2皿くらい食べちゃったもんね。

当時はその名の通り回転寿司で、そこそこ狭い店内を寿司を乗せた皿が回っていた。近所にあった元気寿司も最後までそのスタイルだったけど、この元気寿司はすでに魚べいスタイルというか魚べいそのまんま、タッチパネルで注文して新幹線やF1カーのトレイで目の前に運ばれてくる。
久しぶりに入って食べてみたが、スタイルが違ってしまったのはしょうがないとしても、中トロは全然トロっぽい味がしてくれなかった。思い出補正もあると思うけど、あの時食べた中トロは絶品の味だった。

昭和は遠くなりにけり。

思い出の場所、餃子共和国

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今はなき餃子共和国。
ナムコのナンジャタウンだったかを手がけた会社がプロデュースしたという餃子テーマパーク?
この写真は2005年10月だって。20年も前かよ。

ビルの一階のだだっ広い場所を進んだ一角が突然こんな風になっている。
宇都宮餃子の代表的な店がいろいろ出店している。
昔の東京の飲み屋街風のちょいいかがわしい雰囲気で面白かったんだが、母にこのジョークは通じず、「なんだかヤクザ(が出てきそうな雰囲気)みたいで嫌だ」って不評だった(笑)

同じところでやってるのか、おおきな駄菓子売り場もあった。
何回か行ったけど、いつの間にかなくなってしまっていた。

2026/01/08

宇都宮は寒い!

年末に母が急死した大きな原因は、部屋の温度差によるヒートショックだったんじゃないかと疑っている。
そこでダイソーの温度計付きの時計を複数買ってきて、家の中の温度を測ってみた。

夜9時頃、エアコンと石油ストーブのついた居間は18度くらい。
そこと扉一つで隔てた台所は10度くらい。

翌朝7時、2階の自室。窓は雨戸を閉めているが、5度。

7時半、トイレの中が2度。中はとても狭い。小さな窓には断熱のプチプチが貼ってある。

トイレの前、玄関ホール(?)の床が1度。じゅうたんが敷いてあるが床全面は覆われていない。

エアコンを30分ほどつけた居間が6度。

こんな状態じゃ、たとえば布団から出てトイレに行こうとした寝巻き姿の老人が亡くなってもおかしくないな。老人までいかずとも、50代半ばの自分だってわからない。たしか同い年だった中山美穂もヒートショックの疑いで亡くなっていたよね。浴室だったかと思うけど。

危機感を覚えた。まずは自分でできる範囲でやってみようと思っている。
すでに窓の前に立てるレジャー用銀マットをいくつか購入してみた。今のところ目立った効果も感じないけど、理論上は少しでも断熱できているはずだ。
専門業者に頼んだ方がいいんだろうけど、お金もかかるしすぐにはやってくれまい。

栃木県は冬の時期の死亡者の増加率が全国1位なんだそうな。雪国のような断熱、暖房の仕組みがされていないからだろう。
市や県から補助金でももらえないかな?

昼間は晴れてさえいれば、お日様の下はかなりあったかく感じるんだけど、夜〜未明はダメね。
電気代をケチってエアコンをつけないことも多いんだけど(石油ストーブでなんとかなってるのと、空気の乾燥が嫌なのもある)、その意識も変えていかなきゃだめだな。

とにかく、本当に冗談抜きで、寒さ対策(断熱だから当然夏の暑さ対策にもつながる)をしなきゃ暮らしていけない。

2026/01/03

母の火葬

今日は先月末30日に急死した母の亡骸を火葬してきた。

親戚と俺の友達の五人が来てくれた。

無宗教なので父の時と同じようにお坊さんとか呼ばず、そのまんま火葬した。
母の肉体が火で焼かれて骨だけになったのは寂しくもありつつ、同じものとはあまり思えず特段の感慨はなかった。これは父の時もそうだった。
大腿骨に入れていた人工股関節が焼け残ってあったから間違いないんだけど。

やさしい母でした。
これからしばらく手続きが大変だけど、なんとか頑張ってみますよ。
今まで本当にありがとう。

2026/01/01

母の突然死

12月30日午後11時10分、母が亡くなりました。

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2025/03/17

それぞれの健康

最近はさすがに暖かい日が増えてきた。
今日も花粉は多そうだが晴れて風もなく暖かな陽気だ。

去年の夏以来体調を壊していた高齢の母が、久しぶりに庭に出て、好きな庭仕事(草むしり)をした。血圧を下げる薬が強すぎたせいで頭がくらくらしていたようで、強い方の薬をやめたらずいぶん元気になってきた。

ルビーさんは糖尿病が数値的にはほぼ治ったらしいのだが、食欲が戻らず、痩せ細っていたのだが、今日は朝から少しずつ食べてくれて、お昼には缶詰、カリカリとここ最近ではかなりの量を食べてくれた。口内炎のせいで痛がる…というか食べ物が引っかかるのを前足で取るような仕草をしょっちゅうしているのだが、朝薬をつけてあげたせいかそれをほとんどしなかった。
さらにお昼にも一緒に一時間ほど暖かい庭に一緒に出て日光浴したし、気分的にも良かったのだろう。
口内炎の薬は毎日でもつけてあげたいけど、とにかく嫌がって噛んだりひっかいたりするのであまりつけてあげられないのだ。今朝は元気なかったせいで逆に少しはおとなしくつけることができた。元気になったら元気になったで今後素直につけさせてくれるかはわからない。

俺の方もいまだ手術で焼いたのどがイガイガしてむせてしまうことも多いが、こちらも徐々には良くなっている感じがしている。声も少しずつは出しやすくなっていると思う。
ハナが下がってきたタンが切れず、その不快感はある。
あと手術器具が押し付けられてずっと痺れていた舌先もあとちょっとで完治しそうだ。

2024/09/18

最も遅い猛暑日

宇都宮はそれほどでもなかったけど、今日は西日本を中心に観測史上最も遅い猛暑日(名古屋や東京で35度)だったんだそうな。
まだ明日以降記録を更新するかもしれないけれど。

宇都宮は午前中曇り、昼頃に晴れて暑くなり(それでも33度くらいか?)、夕方少し雨が降った。
それでも涼しくなった感じはしない。
母は風邪の症状は治ったものの頭がフラフラ、めまいがするなどと言い、だいたい一日中寝ている。
90過ぎだし、しょうがないんだけど、ここ数年急激に老いてきた。
さらに今度の風邪の後、物忘れがひどくなり、同じことを何度も聞いてきたりする。

来年もさらに暑くなるだろうし、お別れする日も遠くないだろう。
寂しいけどしょうがない。
でも気候がまともならもうちょっと元気でいられたかと思うと、地球温暖化が恨めしい。
老人なんかの体力がない弱い人から消耗していくからね。

2017/07/17

母熱中症

予報にあっても雨は降らず、連日35度近い気温が続いている。

おとといから顔が熱いとか言ってた母が、昨日の夕方には38度超の熱を出した。
エアコン効かせた部屋にずっと寝てたんだけど、水分補給が少なかったか? そうでなくても高齢だからね。

幸い熱と軽い吐き気がある以外は一応元気そうなので(ただその前から腰と膝を痛めてるので歩きづらい)、夜7時半からやってる休日夜間診療所に行ってきた。
思ったよりも待ち時間は長くなく、30分ほどで受診。広いところで空気吸ったせいか、待合で待ってる間に少し気分は回復してきたこともあり、解熱・鎮痛剤と、吐き気どめをもらって帰ってきた。

エアコンもっと効かせるようにして軽い食事の後、早めの就寝。
今朝もわりと元気に朝食をとった。

もっとひどいことになったらどうしようかと、おっかなかった。
この先最低でも一週間はこんな気温が続く。マジでなんとかしてほしい。

2012/03/02

冷えないアイスノン

去年の4月頃、3ヶ月ほどの入院を終えた父が新しいデイサービスに行くようになった。
今まではデイケアと言ってリハビリが行える施設だったんだけど、もうさすがにリハビリの動作(コルセットをつけて立ち上がったり)は難しいだろうという判断で、リハビらないデイサービスに変更したのだ。

そして夏。
去年も異常気象で熱い夏だった。
そんな夏の始めだっただろうか、デイサービスのイベントとして、100円ショップで買い物に行くということがあった。
500円ほどを預けて、ダイソーに車イスで入ってひとつふたつ買い物をするのだ。

そこで父がたったひとつ買ってきたのが体用の保冷剤。いわゆるアイスノンというやつだ。
母が暑がって、毎夏、頭や首に付けているのを知っているので、それで買ってきてくれたんだろう。
実際使ってみると、冷凍庫でガチガチに凍らせても、外側が銀色のシートで包まれているため、これがちっとも冷たくないのだ。(銀のシートははがさないことで合っているらしい)
母も俺も「全然役に立たないね」なんて苦笑いして、ほとんど有効に使われることはなかった。

でも今思うと、父は母の体を気遣って買ってくれたんだよね。思えば父が家族に自分で買ってくれた最後のプレゼントだ。
たった税込み105円の安物のアイスノンだけど、母や家族への気持ちがわかるとっても大切なプレゼントだ。
どんなに使えなくても、捨てることはしない。

介護カテを読み返して

このブログの「介護」カテゴリーに書いていた記事を読み返していた。
すっかり忘れていたことも多く、「そう言えばそんなこともあったね」といまさら思い出すことばかり。
読んで思い出すと、俺もずいぶん介護してたし、親父も言うこと聞いてくれずにわがまま言ってたじゃん。かなり大変だったっけね。
そういう状態が当たり前になってたから、最近では必要以上に気にしなくなってたんだろうな。

親父が亡くなりそうになってからずっと、もっとやさしく介護してあげていれば…と後悔しきりだったんだけど、これだけやってあげてればもう少し胸を張っていいかな。

でも、もっと介護が続くことになったとしても、もう一度親父には生き返って欲しいのが素直な気持ちです。

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